大正時代に生まれていた虎屋の「ゴルフ最中 ホールインワン」 東京

書店に行くと、洋菓子のつくり方の本がずらっと並んでいます。それに比べて、和菓子の作り方という本は、あまり目につきません。さびしいですね。

その中でも地味なお菓子「最中」に関するものは、さらにありません。和菓子の本の中に、ちょっと触れられているだけ。最近は、書店に行くと、和菓子の歴史や知識を書いた本はないかと探すようになりました。

で、古本屋で見つけたのが『虎屋 和菓子と歩んだ5百年』新潮社新書。虎屋17代目当主・黒川光博さんが著者です。

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和菓子は宮中行事とともに歩んできたようで、さまざまな行事や儀礼の際に、参加者に記念として配られました。主役は、やはり饅頭や羊羹。そして、上のような華やかなお菓子が、宴席を彩ったようです。本を読み進んでいきましたが、なかなか「最中」の文字は出てきません。

golf1.jpgようやく見つけたのが、『ゴルフ最中 ホールインワン』の記述。それによれば...

三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の甥にあたる岩崎小弥太夫人孝子さんのアイデアだというのです。岩崎家では、当時頻繁に、宮家や軍人、外国の賓客などを招いて宴会を催していました。孝子夫人はその人たちを驚かせる趣向はないかと考え、ゴルフボールのお菓子は作れないかと、当時の虎屋15代目・黒川武雄当主に相談。ゴルフなるものを知らなかった当主や店員は開発に苦心したようです。

なんとか出来上がり、パーティーの当日、一同がゴルフのプレーを終えて帰ってくると、それぞれの宴席には1ダースのゴルフボールが入った箱が置いてありました。いい国産ボールがなく、外国製品も手に入りにくい時代なので、みな大喜び。ところが、箱をあけてみると、それが最中だったので、またびっくり。そして、会は大いに盛り上がったのだそうです。

これが大正15年、1926年のこと。すぐに昭和の時代に入りますが、大人気となり、今につながっています。
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ということで、虎屋の「
ゴルフ最中 ホールインワン」、今では二つ入りのパッケージに入って販売されています。中はこし餡です。会社のコンペで配られたりしているのでしょうね。社用族御用達の最中というのも珍しいことですね。

by あずき

御菓子司 とらや


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posted by monako at 23:20 |Comment(0)TrackBack(0)東京もなか散策このブログの読者になる更新情報をチェックする

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